「うちの子が最近カハッという咳をする」「犬の咳が夜だけ続くのは心臓病?」「興奮すると咳き込むのが気になる」——こんなご相談が当院の循環器外来にも寄せられています。咳が続く場合、心臓病が原因のこともありますが、気管虚脱や気管支炎など別の病気のこともあります。この記事では、咳の原因を整理し、自宅でできるチェック方法と受診の目安を順番にご説明します。
「咳=心臓病」とは限りません——まず鑑別が必要な4つの原因

犬が咳をする原因は心臓病だけではありません。見た目の咳の形が似ていても、メカニズムがまったく異なる病気が複数あります。担当獣医師が症状の出方・タイミング・犬種・年齢を組み合わせて鑑別します。
- 僧帽弁閉鎖不全症(MMVD):心臓が拡大し、気管や気管支を圧迫して起こる乾いた咳。進行すると肺に水が溜まり湿った咳に変化します。
- 気管虚脱:気管の軟骨が弱くなり、呼気のたびに気管がつぶれる病気。アヒルのような「ガーガー」「カーカー」音が特徴。興奮・運動・引っ張り型リードで悪化しやすいです。
- 気管支炎・気管支軟化症:気道の炎症や軟骨の変性による慢性的な咳。乾いた咳で、朝方や就寝前に多く見られることがあります。
- ケンネルコフ(感染性気管気管支炎):犬アデノウイルスやボルデテラ菌などによる感染性の咳。多頭飼育や外出機会が多い犬でリスクが高く、発熱を伴う場合もあります。
短頭種(フレンチブルドッグ・パグなど)では、鼻腔や軟口蓋の構造的問題による「咳に似た音」が出ることもあります。同じ「カハッ」という音でも原因が異なるため、音だけで判断するのは難しく、聴診と画像検査での確認が重要です。
「咳」と「えずき・嘔吐」の見分け方を知っておきましょう
飼い主さまからよくある疑問のひとつが、「咳なのか、吐きそうになっているのか分からない」というものです。
- 咳のとき:首を前に伸ばし、腹筋を使わずに「カハッ」「ゴホッ」と繰り返します。口からは何も出ないことがほとんどです。咳の後に泡状の唾液を少し吐き出すことがありますが、これも「咳」です。
- えずき・嘔吐のとき:腹部を波打つように動かし、首を前後に動かします。最終的に胃の内容物や黄色い胃液を吐き出します。
咳のあとに「フッ」と息をついてそのまま落ち着く場合は咳、腹部を大きく動かして何かを出そうとしている場合は嘔吐に近い動作です。
動画を撮影しておくと受診時に担当獣医師がより正確に判断できます。ぜひ症状が出たときにスマートフォンで記録してください。
タイミング別に見ると原因が絞られてきます

咳が出るタイミングは、原因を推測する大切な手がかりです。以下を参考に観察してみてください。
- 夜中〜明け方の咳:横になると心臓への血液の戻りが増え、肺に水が溜まりやすくなります。僧帽弁閉鎖不全症が進行した場合に多いパターンです。
- 興奮・運動のあとの咳:心拍数が上がったタイミングで咳が出る場合は、心臓病や気管虚脱の両方が考えられます。
- 水を飲んだあとの咳:気管虚脱や食道の問題が関係していることがあります。
- 一日中続く咳:感染性気管気管支炎や気管支炎など、気道炎症が原因のことがあります。
自宅でできること①——安静時呼吸数を数えてみてください

心臓病の悪化を早期に察知するために、安静時呼吸数のモニタリングが役立ちます。ご自宅で今日から始められる、実践的なチェック方法です。
計測方法
- 犬が完全にリラックスして横になっている状態を選ぶ(眠り始めてすぐが理想)
- お腹(胸)が上下する1回の動きを「1呼吸」と数える
- 30秒間数えて×2倍、または1分間そのまま計測する
- 毎日同じ時間帯(夜寝る前など)に記録する
目安となる数値
- 30回/分以下:正常範囲内のことが多いです
- 30〜40回/分:要注意。数日以内に受診を検討してください
- 40回/分超:心不全の危険サイン。できるだけ早くご相談ください
毎日の記録が変化を早く察知する助けになります。スマートフォンのメモアプリやカレンダーに日付と数値を残すだけで十分です。
自宅でできること②——口腔ケアが心臓病予防にもつながります
咳が続いているときに何より優先していただきたいのは、まず循環器の診察で咳の原因を確かめることです。そのうえで、日々のケアとして知っておいていただきたいのが、お口の健康と心臓の関係です。
近年の研究で、歯周病が僧帽弁閉鎖不全症の悪化因子のひとつとして注目されています。歯周病菌由来の炎症毒素(LPS)が血流に乗って心臓弁膜部に影響を与える可能性が指摘されており、口腔ケアを心臓病ケアの一環として考える視点が広まっています。
僧帽弁閉鎖不全症は小型犬に多く、7歳を過ぎるころから増えてきます。心臓病が進行してからでは全身麻酔が必要な歯石除去のリスクも上がるため、その年齢を迎える前に歯周病の治療・予防を済ませておくことが、将来の心臓への負担を減らす備えになります。歯磨きの始め方や歯周病の治療については、歯科・口腔外科を専門とする当院にお気軽にご相談ください。
受診の目安——この状態なら病院へ

自宅での観察を続けながら、以下のサインが見られたときは受診を検討してください。
数日以内に受診が望ましい状態
- 咳が1週間以上続いている
- 夜中や明け方に咳で目が覚めるようになった
- 散歩の距離が短くなった・すぐ疲れる
- 安静時呼吸数が30〜40回/分の範囲にある
- 食欲が以前より落ちている
できるだけ早くご相談ください
- 安静時呼吸数が40回/分を超えている
- 口の中や舌が紫〜青みがかっている(チアノーゼ)
- ふらつく・倒れた・意識を失った
- 口を開けて呼吸している(犬の開口呼吸は呼吸困難のサイン)
- お腹が急に膨らんできた
当院での検査でわかること——無麻酔エコーと聴診で評価します
「咳が続く」というご相談に対し、当院の循環器外来では以下の順で評価を進めます。
聴診
心雑音の有無・程度(グレードⅠ〜Ⅵ)、肺音の異常(肺水腫特有のクラックル音)を確認します。咳の原因が心臓由来か気道由来かをまず判断するための第一ステップです。
心臓超音波検査(エコー)
当院ではARIETTA 850(高性能超音波診断装置)を使用し、無麻酔・無鎮静で心臓の形・動き・弁の状態を評価します。左心房と大動脈の比(LA/Ao比)は心拡大の指標として重要で、この値をもとにACVIMガイドラインに沿ったステージ分類(ステージA〜D)と治療方針を検討します。
胸部レントゲン検査
心拡大の程度・肺うっ血・肺水腫の有無、気管の走行(気管虚脱の有無)を確認します。エコーと組み合わせることで、心臓病と気道疾患の鑑別がより正確になります。
僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)の進行ステージと治療の考え方

犬の心臓病で最も多いのが僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)です。特にキャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、チワワ、ポメラニアン、マルチーズ、ミニチュア・ダックスフンドなどの小型犬で好発し、7歳以上になると発症リスクが急増します。
ACVIMガイドライン(2019年改訂版)による分類は以下のとおりです。
- ステージA:発症リスクはあるが、まだ弁の異常なし。定期的なスクリーニングが有用です。
- ステージB1:弁の逆流はあるが心拡大なし。現時点では薬物治療は行わず、定期的な経過観察を継続します。
- ステージB2:心拡大あり・無症状。ピモベンダン(強心剤)の投与開始が推奨されており、心不全の発症を平均約15ヶ月遅らせると報告されています。
- ステージC:咳・息切れなどの症状が出ている段階。利尿剤・ACE阻害薬・ピモベンダンの組み合わせが基本となります。
- ステージD:標準治療に反応しにくい難治性心不全。投薬の組み合わせや投与量の調整を慎重に行います。
利尿剤を長期使用する場合は腎臓への負担を考慮した定期的な血液検査が必要です。治療は「心臓だけ」を診るのではなく、腎機能・体重・食欲の変化を総合的に見ながら調整を続けることが大切です。
心臓病と咳に関するよくある誤解
誤解①「咳が止まれば心臓病は落ち着いている」
投薬で咳が減っても、心臓の状態が安定しているとは限りません。肺水腫が進行していても、慢性化により咳の感覚が鈍くなることがあります。安静時呼吸数の変化や活動量の低下など、複数の指標で確認することが大切です。
誤解②「小型犬は全員、老齢になれば心臓病になる」
小型犬はMMVDの好発犬種が多いのは事実ですが、発症時期・進行速度・症状の出方は個体差があります。10歳を超えても心雑音がない犬もいます。「うちの子はまだ大丈夫」と決めつけず、シニア期からは年1〜2回のエコー検査を含む定期健診が安心につながります。
誤解③「咳が出たらすぐ心臓薬が必要」
咳の原因が気管虚脱や気管支炎であれば、心臓薬ではなく気管支拡張薬や環境調整が優先されます。検査なしに「心臓病だろう」と判断して投薬を始めることは、正確な治療から遠ざかる可能性があります。
最後に
今回ご紹介した「咳の鑑別・安静時呼吸数モニタリング・口腔ケアとの関係」について、当院の循環器外来では聴診と高性能エコー(ARIETTA 850)を組み合わせた無麻酔での心臓評価を行っています。循環器担当の獣医師がACVIMガイドラインに沿ったステージ判定と治療計画をご説明します。「カハッという咳が続いている」「夜だけ咳が出る」「そもそも咳なのかえずきなのか分からない」など、気になる症状がございましたらお電話またはWeb予約フォームからお気軽にご相談ください。
参考文献
- Boswood A, et al. Effect of Pimobendan in Dogs with Preclinical Myxomatous Mitral Valve Disease and Cardiomegaly: The EPIC Study. J Vet Intern Med. 2016;30(6):1765-1779.
- Keene BW, et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J Vet Intern Med. 2019;33(3):1127-1140.
- WSAVA Global Dental Guidelines. World Small Animal Veterinary Association, 2020. https://wsava.org/global-guidelines/global-dental-guidelines/
- Glickman LT, et al. Association between chronic azotemia and dental disease in dogs. J Vet Intern Med. 2011(歯周病と全身疾患の関連に関する研究の参考)



