「うちの子は歯磨きしていないけど、口臭もないから大丈夫かな」「歯科検診って、何歳から受ければいい?」——犬と猫の歯科検診のすすめを調べてたどり着いた飼い主さまから、当院ではこのようなご相談をよくいただきます。
実は、歯の見た目がきれいで口臭もほとんどない子でも、歯周ポケットの中に重度の炎症が進んでいるケースが少なくありません。先日当院で全身麻酔下の歯科処置を行った犬の症例では、左奥歯の歯茎がわずかに赤い程度で、一見ほぼ正常に見えていました。ところが歯周ポケットを計測すると6ミリの深さがあり、歯茎を開いてみると内部に大量の歯石が溜まっていたのです。
この記事では、その症例写真を交えながら、歯科検診・麻酔下歯科処置が必要な理由を飼い主さまにわかりやすくご説明します。犬と猫の違いも整理しながら、自宅でできるケアから受診の目安まで順番に見ていきましょう。
見た目が正常でも歯周病は深部で進行しています
歯周病の怖さは、表面から見えない場所で悪化する点にあります。歯茎の色が少し赤い程度では、飼い主さまも「なんとなく問題ないかな」と感じてしまうのは自然なことです。しかし歯と歯茎の境目にある歯周ポケット(歯と歯肉の間のすき間)は、目で見ても器具で計測しないかぎりわかりません。
健康な犬の歯周ポケットの深さは1〜2ミリ程度です。4ミリ以上になると歯肉を切開して歯周外科治療が適応になる深さとされています。先述の症例では6ミリに達しており、歯肉を切開して開いてみると、ポケットの奥にびっしりと歯石が蓄積していました。
この状態は、視診や触診だけでは発見できません。麻酔下でプローブ(歯周ポケット測定器具)を使って計測し、必要に応じて歯茎を開く処置をはじめて確認できるものです。
歯周ポケット6ミリとはどういう状態か
国際的な歯周病の分類では、ポケットの深さ・骨の溶け方・歯の動揺度などを組み合わせてStage 1〜4の4段階で評価します。ポケット6ミリかつ歯石の骨側への付着がある場合、Stage 3〜4に相当することが多く、放置すると歯槽骨(歯を支える骨)の溶解が進み、最終的には抜歯が必要になります。
当院の症例では、この段階で処置を行ったことで歯を温存できました。早期に発見・対応できたことが、その子にとって大きな意味を持っています。
犬と猫では要注意な歯の病気が異なります
犬と猫は同じように歯科疾患を持ちますが、どの病気が多いかは種によって違います。それぞれの特徴を知っておくことで、検診を受けるべきタイミングも理解しやすくなります。
犬で多い歯の病気
- 歯周病:犬の歯科疾患の中で最も多く、2歳以上の犬の約80%が何らかの歯周病変を持つとされています(AAHA 歯科ガイドライン)
- 歯の破折(折れ):硬いおもちゃや骨を噛んだときに起こりやすく、歯髄(神経)が露出すると感染・痛みの原因になります
- 乳歯遺残:永久歯と乳歯が並んで生え、歯周病を引き起こしやすくなります。生後6〜8ヶ月で乳歯は抜けるのが正常で、残っている場合は抜歯が推奨されます
猫で注意が必要な歯の病気
- FORL(破歯細胞性吸収病変):猫特有の歯の吸収疾患で、歯が内側から崩壊していく痛みを伴う病気です。見た目はほぼ正常に見えることが多く、歯科X線でなければ発見できません。猫の口腔疾患の中で最も多い疾患の一つとされており、進行を止める方法はなく抜歯が基本的な治療です
- 慢性歯肉口内炎:口全体に強い炎症が広がり、食べられないほどの痛みを引き起こすことがあります。免疫が関与していると考えられており、多くの場合全臼歯〜全歯の抜歯が必要になります
- 歯周病:犬と同様に多く見られます
特に猫を飼っている飼い主さまに知っていただきたいのは、「猫の歯は見た目だけでは判断できない」という点です。FORLは歯科X線がなければ診断できないため、「見た目は普通」でも検診を受けることに大きな意味があります。
実際のFORLの症例です。見た目はほぼ正常に見えても、歯科X線では歯の根が溶けて(吸収されて)いることがわかります。


歯周病を放置すると全身に影響が及ぶ可能性があります
歯周病は口の中だけの問題ではありません。歯周病菌が血流に乗って全身をめぐることで、心臓・腎臓・肝臓に悪影響を与える可能性があると複数の研究で報告されています。
また、歯周病が重度まで進んだ猫では口と鼻がつながる「口鼻ろう」や、顎の骨が溶けて骨折しやすくなる「顎骨の病的骨折」が起こることもあります。これらは早期に歯科治療を行っていれば、予防できた可能性が高い状態です。
AAHA(米国動物病院協会)の2019年の報告では、年1回のスケーリング(歯石除去)を受けた犬は、受けなかった犬と比べて死亡リスクが約18.3%低いという結果が示されています。歯科検診・処置は、単に口をきれいにするだけでなく、長生きに関わる予防医療と言えます。
自宅でできる3つのデンタルケア
動物病院での検診と並行して、日々の自宅ケアが歯周病予防の土台になります。以下の3つを習慣にしていきましょう。
1. 毎日の歯磨き
歯垢は食後24時間以内に形成され、3〜5日(猫では約1週間)で石灰化して歯石になります。歯石になってしまうと歯磨きでは除去できません。毎日1回の歯ブラシが最も効果的な予防法です。
いきなり歯ブラシを口に入れようとすると嫌がることがほとんどです。まず指に歯磨きペースト(動物用)をつけて歯茎に触れることから始め、段階的に歯ブラシへ移行していくのがおすすめです。
2. 口の中を週1回チェックする
口を開けて歯茎の色(健康なピンク色かどうか)・歯石の付き具合・腫れや出血がないかを確認します。前歯だけでなく、歯石が溜まりやすい上顎の第4前臼歯(一番大きな奥歯)まで確認できると理想的です。
3. デンタルグッズの活用
歯磨きを嫌がる子には、デンタルジェル・デンタルシート・水に添加するタイプのデンタルリンスなどの補助グッズを組み合わせる方法もあります。ただし、これらはあくまで補助的なものであり、歯磨きの代わりにはなりません。WSAVA(世界小動物獣医師会)もブラッシングを最優先のケアとして推奨しています。
自宅ケアには限界があり、定期検診が不可欠です
どれだけ丁寧に歯磨きをしていても、歯周ポケットの中や歯の裏側など、家庭用の歯ブラシが届かない部分は必ずあります。また、すでに歯石が付いてしまった場合は、歯磨きで落とすことはできません。
当院では、AAHA歯科ガイドラインに基づき、1歳以上の犬猫には年1回以上の麻酔下口腔精査・スケーリングを推奨しています。小型犬・短頭種(フレンチブルドッグ・チワワなど)やシニアの子、歯石が付きやすい子は半年に1回が目安になることもあります。
「麻酔が怖い」という不安に正面からお答えします
「高齢だから麻酔が心配」「持病があるから無理では?」というご相談は非常に多くいただきます。この不安はとても自然なものです。ただ、麻酔をかけないと正確な検査も適切な治療もできないというのが現実です。
無麻酔歯石除去を当院が行わない理由
無麻酔での歯石除去は、AVDC(米国獣医歯科専門医会)・AAHA・AVMA(米国獣医師会)・SADSAJ(日本小動物歯科研究会)が危険かつ不適切な処置と明確に否定的な立場をとっています。
無麻酔では歯の表面を削ることしかできず、歯周病の本体である歯周ポケットの中の歯石や細菌には一切アプローチできません。見た目はきれいになっても、歯周病は悪化し続けます。また、器具が口の中で動く恐怖・痛みはペットに大きなストレスを与えます。
術前検査で麻酔のリスクを事前に把握します
麻酔には一定のリスクがあることは事実です。ただし、適切な術前検査を行うことでそのリスクを大幅に低減できます。当院では麻酔前に以下を確認しています。
- 血液検査(肝臓・腎臓の機能、血球数など)
- 胸部X線検査(心臓・肺の状態)
- 心電図検査
- 必要に応じて超音波検査(心臓・腹部)
これらの結果をもとに担当獣医師が安全性を評価し、処置が実施可能かどうかをご説明します。高齢の子や持病がある子は追加検査が必要になることがありますが、「高齢だからできない」ということはなく、個々の状態に応じて慎重に判断しています。
動物病院への受診を検討したいサイン
以下のサインが一つでも当てはまる場合は、早めのご相談をお勧めします。歯科検診は症状が出てからではなく、定期的に受けることが理想ですが、これらは特に注意が必要なサインです。
- 口臭が強い(生臭い・ドブのような臭い)
- 歯茎が赤い・腫れている・出血がある
- 硬いものを嫌がるようになった、食欲が落ちた
- よだれが増えた・よだれに血が混じっている
- 口を触られるのを嫌がるようになった
- 顔が腫れている・左右どちらかを嫌がって食べる
- 歯磨きをしたことがなく、1歳を過ぎている
- 最後の歯科検診から1年以上経過している
「口臭はあるけど、食欲はある」という場合でも、内部では歯周病が進行していることが多いです。冒頭でご紹介した症例のように、見た目ではわからない病変があることを念頭に置いていただけると幸いです。
実際の症例:歯周ポケット6ミリの歯を歯周外科治療で温存した犬




院長が実際に行った症例を、歯周外科治療の流れにそって①〜④の写真でご紹介します。左奥歯の歯茎がわずかに赤い程度で、一見ほぼ正常に見えていた犬です。
①の処置前は、見た目だけでは異常がわかりません。歯周ポケットを計測すると6ミリありました。②では歯肉を切開して開き、歯根の表面にびっしりと付着した歯石を確認しています。ポケットの奥に隠れていた病変です。③でその歯石をていねいに除去し、歯根の表面を清掃しました。④で歯肉を元の位置に戻して縫合し、歯周外科治療を完了しました。
この症例からわかることは、「見た目が正常=歯が健康」ではないという事実です。歯周ポケットの計測も、歯茎を開いての歯石除去・歯周外科治療も、全身麻酔をかけた状態でしか行えません。きちんと麻酔下で処置を行ったことで、抜歯を避けてこの歯を温存できました。適切な検診と処置があってはじめて、こうした病変を見つけ、治療し、歯を残すことができます。
最後に
今回ご紹介した歯科検診の重要性について、当院では全身麻酔下での口腔精査・スケーリング・歯周外科処置を行っており、歯科X線(デンタルレントゲン)による詳細な評価も実施しています。「うちの子は歯磨きできていないけれど、どこから始めればいいか」「最後に歯科を診てもらったのがいつかわからない」という場合も、お気軽にご相談ください。
気になる症状がございましたら、お電話または Web 予約フォームからご相談いただけます。
参考文献
- AAHA Dental Care Guidelines for Dogs and Cats(米国動物病院協会・犬猫歯科ケアガイドライン): https://www.aaha.org/aaha-guidelines/
- AVDC Position Statement on Veterinary Dental Procedures Performed Without Anesthesia(米国獣医歯科専門医会・無麻酔歯科処置に関するポジションステートメント): https://avdc.org/
- WSAVA Global Dental Guidelines(世界小動物獣医師会・歯科ガイドライン): https://wsava.org/global-guidelines/
- Bellows J, et al. 2019 AAHA Dental Care Guidelines for Dogs and Cats. J Am Anim Hosp Assoc. 2019;55(2):49–69.

