歯周組織再生療法
今回のテーマは引き続き、歯周外科治療についてお話をしたいと思います。
主な歯周外科治療方法の中で、今回は
1.歯肉切除
2.歯肉剥離掻把術(FOP;Flap operation)
3.歯肉弁根尖側移動術(APF;Apically Positioned Flap)
4.骨外科(骨整形、骨切除)
5.歯周組織再生療法
5の再生療法についてご紹介をさせていただきます。
歯周病で喪失した歯周組織の再生は歯科医師の長年の夢です。
1957年にDr.Prichardという歯科医師がIntrabony techniqueという再生処置法が報告されて以来、1982年に報告された細胞遮断膜を用いた歯周組織誘導再生療法(GTR法)、1997年にエナメルマトリックスタンパクを用いた再生療法など数多く報告されてきました。
中でも、エナメルマトリックスタンパク(商品名;エムドゲイン)による生物学的再生療法は長期成績のいい治療の一つとして現在、世界中の歯科医師に認知されています。
エムドゲインとは?
エムドゲインは、歯や歯を支える歯周組織の原型である〝歯杯〟から抽出したタンパク質で、歯周病で失われてしまった場所に注入する事で、歯が発生する時と同じ環境を作り出し歯周組織(セメント室、歯根膜、歯槽骨)を再生させるという目的で開発された生体材料です。
下の図は〝歯杯〟という組織が歯に分化していく過程を示した模式図になります。
当院での再生治療においても、エムドゲインによる治療で、ヨークシャーテリアの切歯(前歯)のグラつきがなくなり4年後も維持できていたり、人の分野でも考えられない程歯槽骨の再生が認められたりと、非常に良好な結果を得られています。
症例:7歳 トイプードル 主訴 歯周病
所見
全身麻酔下で見ると2本の歯で4mmを越える歯周ポケットが形成されていました。
(正常;1mm)通常の歯石除去だけでは残せないため、歯周外科治療について飼い主様と相談した結果、なるべく残してあげたいという想いが強く、長期的に残せる可能性が高いエムドゲインによる再生治療を行う事になりました。
手術
実際の歯の状況がこちらです。(左犬歯の前側に9mmのポケットが確認されました)
① 通常の歯石除去をした後に歯肉を切開して歯根を露出した状況です。
(盲目的に歯石除去をしても部分的に歯石が残っているのが確認されました。非外科処置の限界)
② 歯石や肉芽組織など感染リスクのあるものや再生を阻害する様なものを除去しました。
(この写真を見ると歯周病によって犬歯の歯根を支える歯槽骨が無くなり、深いポケットが形成されていることがわかります。)
③ エムドゲインを注入し、歯肉を縫合します。
そして、治療前と治療後のレントゲンがこちらになります。
④ 治療前(青い丸の部分において歯槽骨が喪失しています。②の写真の状況)
⑤ 1年4ヶ月後、エムドゲインにより歯槽骨の再生が認められています。
⑥ その他、歯周ポケットが深かったのがこちらの前歯です。(最大ポケット5mm)
この歯も同様の処置を行いました。
経過
レントゲンの処置前と処置後がこちらになります。
こちらもはっきりと歯槽骨の再生が認められています。
この子は治療から4年経つ現在でも良好な歯の状況を維持し、生活しています。
エムドゲインのメリットは?
エムドゲインをペットに応用する事で得られるメリットは、
・人でも長年使われてきている中で副作用が全く報告されていないという安全性
・基本的に犬には噛み合わせがない事で歯にかかる負担が少ないため、歯を支える歯槽骨の再生が人より起こりやすい可能性
・通常の歯石除去では長期的な予後が不良の歯でもほぼ健康な歯と同様の状況に変える事ができる可能性がある
ただし、どの様な歯でも再生が可能という事ではなく、様々な条件があります。
実際にはちゃんと適応を選び適切な治療をできるかが重要となります。
当然、歯周病が重度に進んでしまうと抜歯以外に治療がなくなってしまいます。
今回まで4回に渡って歯周外科治療についてご紹介してきました。
これらの治療はどの病院でもできる治療では無く、歯周病治療器具(歯科治療ユニット、拡大鏡、歯科レントゲン、歯周外科器具)があり、歯周病治療に精通している必要があります。
また、これらの知識や技術は普段の抜歯の治療の際にも残った歯が歯周病になりにくい様に歯肉の形態を整えたりする時にも行なったりと歯周病治療には大事な要素となります。
当院では飼い主様に複数の治療の選択肢を提示できる様に技術の向上に努めています。